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太湖のほとりで

蘇州へ行ってきました!



ここは春秋時代の呉の都です。
特に呉王闔閭の時代、偉大な王のもとに名将智将が集い、城下町の整備や治水工事も熱心に行われ、春秋を代表する輝かしい一時代となりました。

呉王闔閭の有名な智将と言えば、まずは孫武。
孫子の兵法の筆者です。
2500年前に書かれた書物が色あせることなく、今もビジネスマンに読まれ続けている事実。
(その頃の日本人は竪穴式住居で原始的な生活をしていたことを思えば、昔の中国人は本当にすごかった。)
そして、日本人には馴染みがないですが、伍子胥という名将もいました。
この人は復讐の鬼として言われることの方が多いのですが、「内にあっては名臣、外にあっては名将」と言われるほどの素晴らしい人物でした。
竹知が中国史で一番好きな人です。

呉王闔閭の時代、まさしく竹知が中国史で一番好きな時代なのです。






で、蘇州出張です!
話を聞いたときは飛び上がって喜びました!!

蘇州には呉王闔閭のお墓(虎丘)が残っているんですよ!
何より2500年前を思ってしみじみしたーーーい!

とテンション上がりっぱなしで、毎日キャッキャウフフしていたんです。










総務「え?蘇州研修で観光する時間なんてないけど?」
竹知「少しぐらいあるでしょ?夜とか」
総務「ないよ。太湖のほとりの合宿所から出られないよ?」

Σ(・ω・ノ)ノ!





それでも諦めずに夜脱走を図ってみる。

道路に灯なし!バス停がどこかわからない。

ドリームオワタ \(^-^)/





どうせバス停についたところでバスもないんだって。






というわけで、

P1000711.jpg   ひたすら湖のみを4日間見続け

研修終了後、市内を全くかすることもなく高速道路で蘇州から上海へ。





中国では、ヨーロッパなどと同じように小さな道路にもすべて名前がついているのですが、「孫武路」とか、「伍相路」とか、途中で見かけたんですよ。


孫武路はもちろん孫武から…

伍相路は、伍子胥が呉の相国で「伍相国」と呼ばれていたからかな…




切ナス。

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