明智あれこれ

深センに滞在中
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鎮江観光

上海周辺は三国志史跡の宝庫です!
というわけで、上海出張ついでに新幹線で2時間の古都・鎮江にやってきました。

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まずはバスで汝山まで行きます。

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私は地元以外でもなるべく公共の乗り物で移動しますが、鎮江はタクシーが激安。
全タクシー移動がお勧めです。
バスが1元、タクシーが初乗り8元。
最初の1メーターで行きたいところにほぼ行ける。



如山で降り、西へ50mぐらい歩くと、住宅街の隅っこに「桓王亭」が見えてきます。

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ここは孫策が致命傷を負った場所だそうです。
( ノД`)シクシク…

柱にはこんな言葉が刻まれていました。

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「江東の翁達は孫家の若者のことを忘れない」

。* ゚ + 。・゚・。* ゚ + 。・゚・。* ゚ + 。・゚・(ノД`)

孫権の晩年が痛すぎるので、お兄ちゃんが生きていたらどんな国になっていたか。
歴女は浸る、妄想に。





お次は北固山公園です。
(タクシーで「北固山」と言ったら船着場のほうに行ってしまいます。必ず「北固山公園の甘露寺入り口」まで言いましょう)

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ここは素晴らしい三国志史跡です!
まず、入り口に試剣石があります。
この石は劉備と孫権がお互いの願いを込めて斬りあった、あの石だそうです。

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・゜・*:.。..。.:*・゜(n'∀')η゚・*:.。. .。.:*・゜・*
劉備と孫権がこの場所に…!
(※真偽はどうでもいい)

劉備の願いは、石が斬れたら荊州に無事戻り天下を我が手に
孫権の願いは、石が斬れたら荊州を取り戻し呉の繁栄を
竹知の願いは、石が斬れたら10億クレクレ

劉備も孫権も、半分願いがかなっていますね。
私の願いも半額かなえておくれ。




北固山公園の中に入ります。
劉備が孫権の妹と見合いをした甘露寺です。

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入り口横の売店で、20年前の三国志のドラマの、劉備が呉に嫁をもらいに行く回をエンドレスで放送していました。
この回、私大好きです。


イメージ040 <孫権の妹は年若い美女デショ


イメージ043 <大丈夫大丈夫♪

椅子もたくさんあったので、時間がある人は座って観賞するのも一興。

さて、甘露寺は山の中腹にあります。
つまり、寺に行くのに山登りしなければなりません。

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8月の暑さのさかり、汗を流しながらひたすら登ります。
マカオ観光の時と、なんたるテンションの違い。Mちゃんゴメンヨ


登りながら周囲をウォッチングしましょう。
周喩が兵を隠した場所はどの辺だったのかな、とか。
当時、劉備や趙雲はどのルートで登って来たのかな、とか。

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お寺の入り口。

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お寺の中。

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・゜・*:.。..。.:*・゜(n'∀')η゚・*:.。. .。.:*・゜・*
ここに劉備・趙雲・周喩・魯粛たちが…!
夢膨らみまくりです。

劉備を殺すつもりで甘露寺に呼んだ周喩だけど、孫権の母親が劉備の堂々たる姿を気に入り、結局娘を嫁にやるんだよなあ、とか。
孫権の母親は趙雲の武人然とした立ち居古い舞も気に入り、酒を賜るんだよなあ、とか。
(いつも思うんだけど、娘的には趙雲の嫁のほうがいいよね?若いし、カッコイイし、筋肉あるし)



この場所最高です。

また、三国志とは離れますが、この山の頂上にある建物から、隋の煬帝が作った大運河が見えるそうです。

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馬鹿皇帝が舟遊びした姿が浮かぶわ~。
歴史の1ページだよね~。




まだまだあります。
下山ルートの途中にはこちらの二人のお墓が。

その1、魯粛。

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魯粛のお墓は江東地方に点在しているので、ここが本物かは不明です。
碑の裏には周喩と魯粛の厚い友情物語が描かれていました。


その2、太史慈。

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こちらは清朝の時代に見つかったものがそのまま残っているとかで、本物だろうと言われています。
碑の裏には、武に優れ、呉の将軍として孫策・孫権に仕え、享年41歳で死亡というストーリーが淡々と刻まれています。
魯粛の濃厚な友情話との落差が激しい。

北固山は素晴らしい三国志遺跡でした(*゚∀゚)=3





次なる遺跡は、西津古街の山の中にある「筧亭」です。

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ここの西津古街は、鎮江のメイン観光地だろうと思われる場所です。
昔の町並みを残している箇所に、新たにそれ風の建物を作って観光地化しています。

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外国人の姿もちらほらありました。


たまに臭豆腐の匂いやら中国のトイレの匂いやらが鼻につき、風情が台無しです。
観光地のトイレを徹底的に綺麗にするんじゃなかったでしたっけ?シューキンペーサーン

目的地がまたもや山の中腹にあるので、とりあえず匂いのしないお茶屋に入って小休憩。

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エネルギーチャージできたら、山登りを開始します。
日の入りまでに降りてこなければなりません。

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しかしまあ、この筧亭がものすごくマイナーらしく、百度地図にも載っていないんですよ。
山のどちらの方面に歩けばいいのか…。
と思っていた矢先。

なんとなく登ったり降りたりした先に見つけた看板
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進行方向が正解で感激っ…!
孔明に導かれているに違いない。知らないけど絶対そう。


ほんとにほんとに小さな筧亭。

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ここは何かと言うと、三国志演義の中で孔明と周喩がそれぞれの手のひらに「火」を書いた場所です。


・゜・*:.。..。.:*・゜(n'∀')η゚・*:.。. .。.:*・゜・*
感動…!
おじいさん二人が狂おしいほど邪魔ですが、脳内削除して妄想全開できるのが歴女力。

イメージ047 <曹操に対する策ならあるけど?

イメージ048 <私もネ★じゃあお互い手に書こ

イメージ046 書き書き…

イメージ049 <それっ

イメージ050

筆ペン持ってくれば良かった;;

鎮江の三国志巡りはこれにて終了です。
今回行けなかったお隣の丹陽には孫堅のお墓があるし、無錫には三国志のテーマパークもある。
何と言っても南京は呉の首都だった場所ですし、上海周辺はドリーム広がりまくりです。
素晴らしい。




おまけ:
帰りに上海で日系のラーメン屋さんへ行きました。
お店の名前はなんと「七福神」。
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このお店、早稲田駅前にあったんです。
異国で頑張っているんだなあと勝手に胸が熱くなりましたよw

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上海出張最高!
行きたいところはまだまだ沢山ありますから、もっともっと出張くださいお願いします。